中国
シャクナゲ 黄山
黄山のふもとにはいくつもの村があり、昔はかなり裕福な地域で、教育熱心な土地柄でした。確認はできませんでしたが、王朝の宰相を出した家もあったようです。このあたり、安徽省黟県(い-けん)の村々は私の重要な撮影対象です。
屯渓老街の夜
日が暮れ、明かりがともりだすころになると、たくさんの人が徽派という建築様式の通りに繰り出し、そぞろ歩いていました。チベット地方のめずらしい形をした提灯が飾られたお店や茶館、お土産物店などとてもにぎわっていました。伝統的な書道の道具である文房四宝(筆、硯、紙、墨)と呼ばれる品々もこの地方の名産なのだそう。
四つ角の茶館
黟県は古くからお茶の生産地としても名高く、屯渓老街にはお茶屋さんがよく目につきます。明や清の時代から続く建物の屋根には、特徴的な白い階段状の切妻壁、日本でいうところの「うだつ」を見ることができます。
橋をわたる犬
安徽省唐模村の水路、檀干渓に架かる橋をわたる犬。唐模村という名の由来は、唐時代の建築様式を模した村だからとか、唐王朝の模範となる村だから、などといわれています。この村の中国風情がたっぷりで瀟洒(しょうしゃ)なホテルは、フランス人が経営しています。
陽和門
徽城は安徽省黄山市歙県に位置する商業で栄えた中心都市で、徽州府衛という役所が置かれた場所。東門である陽和門は、正門である南門が風水によくないという理由で南宋の時代、西暦1150年、新たに作られました。現在、元の門も修復され、再び使用されています。
桃源郷
安徽省呈坎(ていかん)村の人工的に作られた湖と庭園。中国で最も八卦風水理論に忠実な村なのだそう。村内を見てまわると、先祖を祀る祠堂があちこちたくさんあるのに気がつく。儒教の教えや宗族の絆が非常に強いことがよくうかがえる。
未知の遺跡
河北省張家口市郊外の丘陵地にあった謎の遺跡。この謎の遺跡までとても行くことができなかった。簡単に歩けそうに見えるが、歩きにくいことこの上なく、四つん這いになっても進めない。そんな地面は初めてだった。土地の人は何かコツがあるのか、歩いていました。初めての私には無理だった。難攻不落の天然の要害とはこのことだと思った。
中国のオペラ
蘇州市の世界遺産である庭園、耦園(ぐうえん)。山水間(という名の建物)で演じられている劇。春秋時代の夫婦の物語が歌と音楽で演じられている。現在でもこの催しが続けられているかどうかは、分かりません。古い中国語では、「耦」は二人で畑を耕すという意味があるそうです。夫婦二人そろって穏やかに暮らすという名を持った庭園。
恵山古鎮の門
ここは、清の時代、祖先を祀る祠堂がたくさん集められた場所、別の言葉に言い換えるとすれば、死者が集まる街で、それを今、観光地化している。カフェなんかオシャレだったりするのですが、もとは祠(ほこら)を改築したものです。
意式風情区の噴水
天津意式風情区とはイタリア租界だった地区を改称したもので、Italian Style Streetと観光ガイドブックなどでは表記されています。イタリアは1902年、義和団事変を契機に治外法権地域を現在の天津市内に獲得しました。街並みはまるでレトロなヨーロッパそのものです。日本は1898年8月、租界を天津市内に設置しました。天津の租界は、第2次世界大戦後の1947年までに全て消滅しています。